FRBと財務省の短期同盟――「痛み止め」の処方箋とドル信認リスク

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アメリカの金融政策の舞台裏で、いま大きな動きが進んでいます。
米連邦準備制度理事会(FRB)が、今後2年間で最大2兆ドル規模の財務省短期証券(Tビル)を吸収する可能性があるというのです。

バンク・オブ・アメリカ(BofA)のストラテジストが試算したもので、財務省が増発する短期債をほぼ「丸ごと受け止める」ほどの規模に達するとされています。
一見すると市場に安定をもたらす動きですが、その裏には長期的にドル信認を揺るがすリスクが潜んでいます。

この記事では、FRBと財務省の思惑、短期的な安定効果、長期的な副作用、そして非ソブリン資産であるビットコインやゴールドへの波及について整理していきます。


FRBと財務省、それぞれの事情

FRBと財務省は、表面的には同じ方向に動いているように見えます。
しかし、その内実は異なり、両者がそれぞれの事情から「短期債偏重」という同じ答えにたどり着いたのです。

FRBの事情:デュレーション・ミスマッチの解消

FRBのバランスシートを見てみると、資産は長期国債やMBS(住宅ローン担保証券)が中心です。これらは金利上昇に弱く、価格変動リスクを抱えています。
一方で、負債の大部分は銀行の準備預金やリバースレポ(RRP)など、短期性の資金です。

つまり、**資産と負債の「期間のズレ」**がFRBの収益を圧迫してきました。
このため、資産構成を短期債にシフトすることで「デュレーション・マッチング」を図り、金利上昇による損失リスクを軽減しようとしているのです。

財務省の事情:高金利期をやり過ごす

一方で財務省にも事情があります。
いま長期国債を大量に発行すれば、高い利払いコストが将来にわたって固定化されてしまいます。

そこで、財務省は 「当面は短期債中心でしのぎ、金利が下がってから長期債を発行する」 という戦略をとっているのです。

こうしてFRBと財務省は、動機は違えど同じ方向――「短期債偏重」へと進むことになります。


短期の安定効果――市場の痛み止め

FRBがTビルを大量に吸収することで、短期ゾーンの需給は安定します。

  • 短期国債が市場にダブついて金利が急騰するリスクを防ぐ

  • 金融機関や投資家に安心感を与える

  • Tビルが吸収されれば、余剰資金は株式・社債・仮想通貨へ流れる

実際、過去にも同じような現象は起きています。

コロナ危機直後のFRBによる大規模な国債買い入れや、2023年の米地銀危機後の流動性供給では、株式市場や仮想通貨市場が大きく反発しました。

今回も、
「Tビル需給の安定 → 短期市場の安定 → リスク資産への資金流入」
という流れが再現される可能性が高いとみられています。


長期のリスク――副作用としてのドル信認低下

しかし、この政策には副作用があります。

FRBが長期国債を手放し、財務省も高金利下で長期債の発行を控えれば、長期債の需要は弱体化します。
残された需要を民間に委ねざるを得ず、その結果、長期金利は上昇圧力にさらされやすくなります。

長期金利が上がればどうなるでしょうか。

  • 米国の財政負担が増大(国債残高はGDP比120%超)

  • 借換えのたびに高い利払いがのしかかる

  • 国債の持続可能性への不安が拡大

  • ドルの「安全資産」としての信頼に陰りが出る

さらに、住宅ローン金利や企業の社債発行コストも上昇し、民間経済にも悪影響が及びます。
つまり短期的には「Win-Win」でも、長期的には「Lose-Lose」の構造が浮かび上がってくるのです。

市場がこの点を意識し始めれば、「ドル信認」そのものへの疑念が浮上してくる可能性は十分にあります。


非ソブリン資産の台頭――ビットコインとゴールド

こうした状況で注目を集めるのが 非ソブリン資産 です。

ゴールド:中央銀行が買い増す伝統資産

各国の中央銀行は、米ドルやユーロなどの外貨準備の比率を下げ、金の保有を増やしています。これは通貨資産への依存度を下げるためであり、構造的にゴールド需要は高まっています。

ビットコイン:民間が選ぶ「アンチ法定通貨」

一方でビットコインは、ETFを通じて機関投資家が参入し、市場の厚みを増しています。
民間主体が選ぶ「アンチ法定通貨」として存在感を強めているのです。

短期的な流動性供給はリスク資産としての買い材料になり、長期的なドル信認低下は「代替資産」としての需要を高めます。

👉 この二重の効果が、ゴールドとビットコインにとって強力な追い風になると考えられます。


まとめ――「痛み止め」の先に待つもの

FRBと財務省が進める短期債偏重の戦略は、確かに市場に安定をもたらします。
Tビル需給の安心感は流動性を下支えし、株式や仮想通貨を含むリスク資産の上昇を後押しするでしょう。

しかしその裏側で、長期債需要の脆弱化が進み、ドル信認へのリスクが静かに積み上がっています。

これは、

  • 短期的には市場安定を買う「痛み止め」

  • 長期的には「通貨の信頼」という根本的な問題を先送り

というトレードオフ構造なのです。

そして皮肉にも、この構造こそが非ソブリン資産――特にビットコインやゴールドの存在感を一層高めています。

💡 「短期安定 × 長期不安」= 非ソブリン資産の追い風
これが今回の政策が投げかける最大のメッセージでしょう。


出典:Bloomberg (2025年8月16日)
「Fed Portfolio Shift Could Hand Treasury $2 Trillion, BofA Says」

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